道の上





初めは、……初めはどうだっただろう。
その青年はとてもきれいな顔をしていて、育ちのいい品のある容姿だった。おどけたように振る舞っていてもその仕草は何処か優雅だった。
常に浮かべている笑顔。
茶化すようにだらけた口調。
でも、本当に時折、真剣な大人達を馬鹿にしたような冷めた目で見ていた。
知性を感じさせる視線で、心底『くだらない』と表情で訴える。
そうだ、その顔に、好感を持った。
この、理想に燃えた非現実的な戦争の熱狂の中で、それに引きずられない精神に惹かれた。
話がしてみたい、とそう思ったんだ。



「ふぅん、お前がリーダーねぇ」
しげしげと値踏みするように、上から下までを嘗め回すように眺めて、青年はさも面白くもなさそうに言った。
ユキトは、その視線を受け止め、人懐っこく笑う。年相応のまだ成熟しきっていない幼さの残る少年。
「ま、実は傀儡だけど、一応」
「……へぇ?」
酷く温和に微笑んだユキトに、彼、シーナは少し興味を示した。
「実際には、都市同盟の重鎮と軍師がこの軍を取仕切っている。おれは、それに担がれてる御輿だよ」
決して、いつもなら口にしない真実。ナナミにだってこんなにあからさまに言ったことはない。リーダーとしての、従順で少年らしい笑顔を貼り付けたまま、ユキトはさらりとそう言って。
……だからと言って、悲観してる訳でも卑屈になってる訳でもないんだけど。
口の中でそう続ける。戦争と言う非日常の上では、演出も、一つの立派な手段なのだ。それが、実際に刃を持つ下級兵士の命をつなげる事だってあるのだから。
「……ふぅん。オレはシーナ。よろしくな」
鋭い視線で大人びた笑顔で、シーナはユキトに握手を求めた。



青年は周囲が思っているよりもずっと有能だった。
戦況の把握も、政治的判断も、一抹の若者らしい逸脱はあれど適確で容赦がない。
でもシーナは、戦争にまるで興味が持てないようだった。
くだらない、そう馬鹿にして、鼻で笑う。
ユキトの前で時々ぽつと呟く言葉は、憤りと優れた理解に裏打ちされていた。
馬鹿だよなあ。甘いよ。武力より、経済だよな。
そう言って笑うシーナはユキトにとって新鮮で、面白かった。
大人という垣根を越えていない少年と青年は、悪戯について話し合うように、政治について面白おかしく意見を述べあい、砂の上でシュミレーションをして笑いあう。けれど実際の会議は口を出すことは一切せず、ただ白熱した大人達の意見を聞き流す。
大人は、結果だけではなく経過にもこだわる。
そして、その経過こそが何よりも大事なのだ。
----だから、捕らわれるんだよ。
ルルノイエに見立てた砂の山を蹴散らしながら、シーナがせせら笑う。
ユキトはそれを面白そうに聞いている。
刺激。
そうだ、シーナは刺激的で、少年にとってはある種の憧憬を感じさせた。
シーナほどには逸脱していない常識の中で、彼の自由で闊達な、容赦のない思考に憧れるような。
ジョウイとは違う。ジョウイと接している時はこんな感じじゃあない。彼との場合はもっと自分をしっかり持とうと思っている気がする。ジョウイを支えてやりたいと思うし、ジョウイを守ってやりたいと思うし、彼の弦楽器のような精神を、誰にも汚させたくないと思う。
それはどちらとの関係がより好ましいとか、そういう事じゃなくて。
単純な役割分担なのだ。
ユキトにとってジョウイは、強くあろうと、高くあろうと、上を目指す大事な脆い玉のようなもので、友人として絶対に、死ぬまでその背後を守ってやろうと強く決意した相手なのだ。
どんな時も、おれがお前を守ってやる。
口癖のように言うユキトにジョウイは照れたように笑い、なんだよ、僕の方がユキトを守るんだよ、とそう返す。
それに比べるとこの新しい友人は、既にもう確固とした自分を持っていて、ユキトが気にかける必要も守る必要もなかった。同じ高さで、背を預けて、そうしていつかはそれぞれの道を躊躇いなく選べるような。

シーナは振り返って笑う。
その切れ長の目が不意に甘えるように細められて、唐突に青年は少年の顔で笑う。
いつかは違う道を選ぶ。同じ道を歩むことはないだろう。それでも。
シーナのすることなら、間違いはない。例え、……敵対しようとも。
おれもシーナも手を抜くことはないだろう。殺しあったって後悔しないだろう。
それは、『安心』だ。
自分を彼に押し付けることも、彼を自分が背負うこともない。気安い安心。
そうしてふたりはもつれ合うようにじゃれあって、くすくすと囁きあうのだ。




「ユキトはシーナさん、好きだねー」
ナナミがせっせとユキトの肌着を繕いながら言う。
夜更け。
本拠地の自分達の部屋に戻ってナナミとユキトはゆっくりとした時間を享受している。童顔の少女はなれた手つきで針を操っている。この、生活力逞しい姉は、こんな状況になってもユキトの繕いものを人には譲らなかったし、ほつれた服を処分することも許さなかった。

あたしの弟だから!あたしが面倒見ます!!!
群がる大人達から、その小さな胸を精一杯張って弟を背後に庇う。そうして弟に耳打ちする。
いつ捨てられてもいいように、あんまり頼り過ぎないようにしようね。
ユキトはくす、と笑ってナナミに頷く。

「ん〜? 好きだよ、おもしろいもん」
床にぺったりと座りながらせっせと繕いものをする姉を見つつ、ユキトはベッドに寝転んで本を広げている。
「でもなんか、あのひと不真面目だよね」
ナナミはなれた仕草で糸を噛み切りながら言う。その様子にユキトは目を細める。こうやってナナミが繕いものをするのを見るのが彼は好きだった。なんだか、とても嬉しいような気分になる。
「違うよ、ナナミ。シーナはまじめだから不真面目なのさ」
本を閉じてベッドを降り、ナナミの隣に座り込む。そう、真面目で、考えているからこそ戦争に真面目になれないのだ。
「そうなの?」
目だけ上げて、ナナミが言う。
「そうだよ」
「ふぅん」
間近にある弟を見て適当に納得すると、ナナミはまた、新たな糸を針に通す。ユキトは嬉しそうにそんな姉にしなだれかかり、べたべたと抱きしめる。
「や! ナニやってんのよ! 針持ってる時はしちゃ駄目って! 何時も言ってるでしょ!」
「へへへへ〜〜」
抱きしめると、ナナミが見た目より華奢なことがよく分かる。細い肩、細い腰。それなりにある、胸。肘鉄を食らわせて怒る姉に、べたべたと触りながらユキトは上体をずらして、やがて彼女の膝に頭を乗せて落ち着く。
「もーーーーー!!!!!」
ごろん、と膝枕をする弟に怒って見せ、それからふわ、と笑む。そうして、また針に集中する。
「…………」
それを見てユキトは本当にしあわせそうに目を閉じ、ナナミに擦り寄る。ナナミの腰の、服の皺に顔を摩り付けて、彼女の服の匂いをかぐ。気持ちがほどける。

やがて静かに寝息を漏らしはじめた弟に、ナナミはいとおしそうにその頭を撫でた。




「シーナ!」
嬉しそうに駆け寄って、その肩を小突く。シーナは気のない様子で、目だけは面白そうにユキトを迎える。
酒も煙草も賭け事も女も、ふざけあって競い合い、彼らは時間を過ごしていく。身近で人が死んでいく、昨日見た顔がもう二度と見れなくなる。薄ら寒い現実に足元の影を感じながら、それでも精一杯、彼らは今を享受している。
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